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第43話 夜の勉強会

last update 最終更新日: 2025-06-03 19:40:26

 物語のヒットと商売の配当金でリッチになった私だったが、メイドの仕事は続けている。

 本当のところを言えば、そろそろ専業作家として執筆に専念してもいい気はする。

 お金の面は問題なくて、周囲の人たちも応援してくれているし。

 でも私は、仕事をしながらメイド仲間と萌え語りして、軍団兵たちから萌えをもらって、みんなで一緒に暮らす今の暮らしがとても気に入っているのだ。

 実家にいるときは、たった一人で虐げられてばかりだった。脳内妄想がなければ耐えられなかったと思う。それに比べればここはパラダイスだよ。

 物語の執筆は、元々寝る前の時間を工面して行っていた。

 今だってそれをやればいい。

 そう伝えると、リリアは心配そうにしていた。

「でも、フェリシア先輩。メイドの仕事は忙しいのに、寝る時間を削って続けるなんて。体が心配です」

「そうよ。いくら若くても無理は禁物よ」

 メイド長まで口を出してきた。

 私は「平気です」と言いかけて、ふと思い出した。

 前世の死因が同人誌の原稿のためにエナドリがぶ飲みの無茶な生活をしていたせいだと。

 とはいえこの世界にエナジードリンクはないし、当時の年齢よりも今のフェリシアのほうがずっと若い。多少の無茶は大丈夫なはずだ。

 そこまで考えて、もう一つ思い出した。この体は本来小さいフェリシアのものであって、私が勝手に粗末に扱っていいものじゃない。

 できるだけ大切にすると決めたばかりなのに、私のバカめ。

「どうしたらいいでしょう……」

 私がしゅんとすると、リリアとメイド長は「やっと分かったか」という表情になった。

「あたしたちはみんな、あんたの物語を応援しているのよ。石けんで水仕事が楽になって、ハンドクリームで手荒れだって治った。何を遠慮しているんだか」

「そうですよ。だから仕事は気にしないで。物語に専念してください」

「けど、それではどうしても落ち着かないの」

 私の言葉に、二人は呆れた様子である。

「頑固ねえ。じゃあ、あんたの仕事を少し減らして休日

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